「本竜野駅」から直線距離で半径1.5km以内の観光スポット・旅行・レジャーを探す/距離が近い順 (1~12施設)
①施設までの距離は直線距離となります。目安としてご活用ください。
②また
ボタンをクリックすると本竜野駅から目的施設までの徒歩経路を検索できます。
-
周辺施設本竜野駅から下記の施設まで直線距離で1,087m
たつの市立龍野歴史文化資料館
-

-
- 0枚
-
-

-
- 0本
-
- 投稿ユーザーからの口コミ
- たつの市役所北に有る施設です。こちらへは、JR姫路駅から姫新線で本竜野駅が最寄り駅。山陽道龍野ICから北へ約2kmに位置します。開館時間は朝9時から夕方5時まで。毎週月曜日が休館日で、祝日の際は開館しています。入館料は一般200円、学生さんは半額です。駐車場は10台程度有ります。施設名の通り、龍野の歴史がテーマになっていて原始古代から近世までを5つのコーナーに分けて時代順に紹介されています。先ず原始古代の龍野について。揖保川流域の石器時代や定住生活が始まった縄文時代、稲作が始まった弥生時代の人々の生活を遺跡や古墳、出土遺物の土器や埴輪から紹介されています。特に門前遺跡からは多くの土器が発掘されています。次に古代の山陽道。6〜7世紀の龍野の様子、有力勢力が多数存在し山陽道も通り播磨国最大の郡として繁栄したそうです。併せて様々な信仰が盛んになりました。瓦や弥勒菩薩像が展示されています。次のコーナーは中世の筑紫大道。播磨国と博多を結ぶ筑紫大道は、なんと軍事目的で開通、整備されたそう。都や中国宋の文化流入伝来に大いに役立ちました。円筒型の経筒と呼ばれる経典を納める容器が展示されています。鉄、銅、陶磁器製のものが有りました。次に龍野城主と城下町。赤松村秀というお殿様が初代城主。以来200年間の城下町の変遷、名産の醤油業を中心とした産業や商業の発達により町人の教育、文芸活動も盛んになった人々の暮らしや生活の様子が分かります。武具の槍、甲冑、具足や絵巻が展示されています。最後に近世の街道と揖保川について。名産の揖保乃糸の素麺づくりや揖保川の水運や川漁、街道沿いの宿や村の絵図、当時の人々の楽しみだった祭りの様子を絵馬や獅子舞の模型で紹介されています。収蔵品では豊臣秀吉から拝領した甲冑や淡路国指出寄帳、赤穂浅野家資料などが龍野に伝わった至宝として紹介されています。地元の施設では有りますが、利用しないと知らなかった事が沢山有りました。多くの方々に見聞きして、触れて頂きたい沢山貴重な資料の数々とこの資料館、後世に繋いで欲しいと思います。
-
- 投稿ユーザーからの口コミ
- 龍野市役所北に有るお城。と言っても天守閣は有りませんので城跡になっています。JR姫路駅から姫新線で本竜野駅が最寄り駅。山陽道龍野ICから北に2kmに位置します。開館時間は朝8:30から夕方5時まで。祝日の際は開館しています。入場料は無料で駐車場はたつの市営駐車場か龍野公園駐車場を利用して下さい。龍野城は鶏籠山山頂に有った山城と現在の平山城の2期に分けられています。前述の鶏籠山城は1499年に赤松政秀〜村秀が築城され、村秀が初代城主となってこの地方を治めていたそうです。四代78年赤松一族が城主でしたが、1577年天下統一を目指していた織田信長の命によって攻め入った豊臣秀吉に城を明け渡し、それ以降は秀吉の最も信頼する家臣達が代々城主となりました。1598年頃にこの山頂の城は取り壊され、ふもとの現在の地に城が築かれたとされています。この城跡へはちょっとした登山(標高210m)になっていて、散策ルートが設定されています。本丸の古城跡へは約30分ほどで着きますが、意外に疲れます。龍野古城が刻まれた石碑が有りますので一息ついて下さい。隅石垣や灯籠、石畳など現存していて、おそらくこんな感じだったのではないかという想像復元図も掲載されています。埋門(うずみもん)は櫓門形式で、城の石垣や土塀などの下方を低く切り抜いて作った小門のことです。1979年に城内の御殿や隅櫓と共に復興された門で、石垣を算木積みとして門を入ると左に曲がり石段で上がって行くようになっています。この埋門はいざという時には名の通り、門内を埋めて敵の侵入を防ぐ仕掛けが施されています。龍野公園からこの龍野城は兵庫県有数の桜の名所にもなっています。白壁や町家造りの建物が多く残る城下町と相まって、とても趣きや情緒が有り、播磨の小京都とも呼ばれています。その他、たつの市出身である三木露風氏の童謡赤とんぼの歌碑や休憩場所の観光売店さくら路が有ります。名産の揖保乃糸、素麺が美味しいです。桜の開花と共に龍野城を散策してみてはいかがでしょうか。
-
- 投稿ユーザーからの口コミ
- 龍野市役所北に有るお城。と言っても天守閣は有りませんので城跡になっています。JR姫路駅から姫新線で本竜野駅が最寄り駅。山陽道龍野ICから北に2kmに位置します。開館時間は朝8:30から夕方5時まで。祝日の際は開館しています。入場料は無料で駐車場はたつの市営駐車場か龍野公園駐車場を利用して下さい。龍野城は鶏籠山山頂に有った山城と現在の平山城の2期に分けられています。前述の鶏籠山城は1499年に赤松政秀〜村秀が築城され、村秀が初代城主となってこの地方を治めていたそうです。四代78年赤松一族が城主でしたが、1577年天下統一を目指していた織田信長の命によって攻め入った豊臣秀吉に城を明け渡し、それ以降は秀吉の最も信頼する家臣達が代々城主となりました。1598年頃にこの山頂の城は取り壊され、ふもとの現在の地に城が築かれたとされています。この城跡へはちょっとした登山(標高210m)になっていて、散策ルートが設定されています。本丸の古城跡へは約30分ほどで着きますが、意外に疲れます。龍野古城が刻まれた石碑が有りますので一息ついて下さい。隅石垣や灯籠、石畳など現存していて、おそらくこんな感じだったのではないかという想像復元図も掲載されています。埋門(うずみもん)は櫓門形式で、城の石垣や土塀などの下方を低く切り抜いて作った小門のことです。1979年に城内の御殿や隅櫓と共に復興された門で、石垣を算木積みとして門を入ると左に曲がり石段で上がって行くようになっています。この埋門はいざという時には名の通り、門内を埋めて敵の侵入を防ぐ仕掛けが施されています。龍野公園からこの龍野城は兵庫県有数の桜の名所にもなっています。白壁や町家造りの建物が多く残る城下町と相まって、とても趣きや情緒が有り、播磨の小京都とも呼ばれています。その他、たつの市出身である三木露風氏の童謡赤とんぼの歌碑や休憩場所の観光売店さくら路が有ります。名産の揖保乃糸、素麺が美味しいです。桜の開花と共に龍野城を散策してみてはいかがでしょうか。
-
-

-
- 0枚
-
-

-
- 0本
-
- 投稿ユーザーからの口コミ
- たつの市役所北に有る施設です。こちらへは、JR姫路駅から姫新線で本竜野駅が最寄り駅。山陽道龍野ICから北へ約2kmに位置します。開館時間は朝9時から夕方5時まで。毎週月曜日が休館日で、祝日の際は開館しています。入館料は一般200円、学生さんは半額です。駐車場は10台程度有ります。施設名の通り、龍野の歴史がテーマになっていて原始古代から近世までを5つのコーナーに分けて時代順に紹介されています。先ず原始古代の龍野について。揖保川流域の石器時代や定住生活が始まった縄文時代、稲作が始まった弥生時代の人々の生活を遺跡や古墳、出土遺物の土器や埴輪から紹介されています。特に門前遺跡からは多くの土器が発掘されています。次に古代の山陽道。6〜7世紀の龍野の様子、有力勢力が多数存在し山陽道も通り播磨国最大の郡として繁栄したそうです。併せて様々な信仰が盛んになりました。瓦や弥勒菩薩像が展示されています。次のコーナーは中世の筑紫大道。播磨国と博多を結ぶ筑紫大道は、なんと軍事目的で開通、整備されたそう。都や中国宋の文化流入伝来に大いに役立ちました。円筒型の経筒と呼ばれる経典を納める容器が展示されています。鉄、銅、陶磁器製のものが有りました。次に龍野城主と城下町。赤松村秀というお殿様が初代城主。以来200年間の城下町の変遷、名産の醤油業を中心とした産業や商業の発達により町人の教育、文芸活動も盛んになった人々の暮らしや生活の様子が分かります。武具の槍、甲冑、具足や絵巻が展示されています。最後に近世の街道と揖保川について。名産の揖保乃糸の素麺づくりや揖保川の水運や川漁、街道沿いの宿や村の絵図、当時の人々の楽しみだった祭りの様子を絵馬や獅子舞の模型で紹介されています。収蔵品では豊臣秀吉から拝領した甲冑や淡路国指出寄帳、赤穂浅野家資料などが龍野に伝わった至宝として紹介されています。地元の施設では有りますが、利用しないと知らなかった事が沢山有りました。多くの方々に見聞きして、触れて頂きたい沢山貴重な資料の数々とこの資料館、後世に繋いで欲しいと思います。
- 前のページ
- 1
- 次のページ
ホームメイト・リサーチに
口コミ/写真/動画を投稿しよう!
「口コミ/写真/動画」を投稿するには、ホームメイト・リサーチの「投稿ユーザー」に登録・ログインしてください。
Googleアカウントで簡単に最も安全な方法で登録・ログインができます。

ゲストさん
- ゲストさんの投稿数
-
今月の投稿数 ―施設
- 累計投稿数
-
詳細情報
―件
口コミ
―件
写真
―枚
動画
―本




